 |  | | disc 1 |
第一回「頼朝起つ」 平安時代後期、平治の乱に源氏を破った平家が権勢を誇っていた頃、伊豆に流されていた源氏の嫡流源頼朝は、伊豆の豪族・北条時政の長女政子と結ばれた。静かな日々が続くが、歴史の転換期は着々と迫っていた。治承4年(1180)、後白河法皇の息子・似仁王の令旨に応え、ついに頼朝は平家討伐に挙兵した。 | 第二回「平家滅亡」 源頼朝は鎌倉の地を本拠地に定めた。いよいよ京へ攻め上がる頼朝のもとに弟・義経が駆け付け、二人は富士川に初めての対面を果たす。源氏の勢いは止まるところをしらなかった。一の谷の戦、屋島の戦と、義経の活躍により追いつめられた平家は、ついに壇の浦に滅亡する。 |
 |
|  |  | | disc 2 |
第三回「征夷大将軍」 平家討伐後、頼朝と義経の確執はもはや修復不可能となっていた。ついに義経は追われる身となり、文治5年(1189)奥州衣川に滅ぼされた。建久3年(1192)、頼朝は朝廷より征夷大将軍に任命され、鎌倉の地に幕府を開いた。しかし、幕府の地固めを進める最中、正治元年(1199)不意の落馬事故により命を落とす。 | 第四回「頼家無惨」 頼朝の死により、息子の頼家が二代将軍の座に就いたが、独裁的な頼家はすぐさま幕府を混乱させ、ついには政子も政務にかかわらざるを得なくなった。北条一門は渦巻く権力抗争の中、権謀術数を巡らせ、ついには頼家を将軍の座から追い、頼家の若弟・実朝を三代将軍に立てた。北条時政は初代執権として幕府の権力を握ることとなった。 |
 |
|